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血友病患者さんの充実した人生のために。
「ヘモフィリアToday」では、患者さんとご家族の方々、そして患者さんをサポートされる方々のお役に立つ、血友病関連情報をお届けしてまいります。

血友病の歴史 【監修】医療法人財団 荻窪病院 血液凝固科 部長鈴木 隆史 先生

歴史書物の中での血友病

血友病がしっかりと医学的に診断されるようになったのはわずか60 年ほど前にすぎません。しかしながら有史以後、はるか昔から血友病と思われる「出血性素因」(出血しやすい素因)についての記述や記録が数多くみられます。

現存する最古の出血性素因に関する記述は、ユダヤ教の聖典バビロニア・タルムードに残されています。タルムードはもともと、2世紀末にユダヤ教の口伝律法を体系的に編纂したもので、5世紀頃にRabbi Ashi(352〜427年)によって完成され、現在の形になったとされています。その中では、「もし、最初の男の子が割礼により出血し、第2子も同様であれば、第3子の割礼は行ってはならない」と、男性の遺伝性出血性素因についての記述がみられます。これは、その後もユダヤ教社会の中で脈々と受け継がれ、メンデルが遺伝の法則を発見する1866年よりかなり前から、男性の出血性素因が遺伝することについて認識されていたことが伺えます。

また、中世から近世にかけては、具体的に出血しやすい男性についての症例が記されたものが数多くあります。たとえば、アラビア人のスペイン宮廷医師であるAlbucasis(936〜1013年)はささいな怪我で出血死した男性について、アウグスブルグの医師Höchstetterは出生時に臍出血、その後に鼻出血や血便、皮下出血を繰り返す少年について、また英国のBanyerは鼻出血や消化管出血、血尿を繰り返し、33歳でささいな足の怪我がもとで出血死した庭師について報告しています。

1803年には、フィラデルフィアの医師John Conrad Otto が自身の著書「An account of a hemorrhagic disposition existing in certain families」の中で、1720年頃のSmith家系について報告し、この家系の中では男性だけが出血しやすく、女性を通じてその息子の一部に伝わることを記しました。この報告は、後の血友病に関する研究に大きな影響を与えたと言われています。他にもこのような家系についての報告がヨーロッパを中心に行われ、日本では1889年にはじめて東大小児科の弘田長教授が血友病の疑いのある男の子を報告し、1902年にはじめて山下弁治郎氏が血友病の家系を報告しました。

「hemophilia」という名称の由来については、もともとはギリシャ語の「haima(blood)」と「philein(to love)」に由来しますが、その起源は明らかになっていません。医学史上、最初に「hemophilia」という言葉を用いたのは、チューリッヒ大学教授Johann Lukas Schönlein(1793〜1894年)と言われています。1823年当時は、男女にかかわらず出血者全般に対して「hemophilia」と呼んでいたようですが、1828年頃にかけて次第に出血性素因のある男性に対して使うようになったとされています。また医学文献上、はじめて「hemophilia」という言葉が使用されたのは、Schönlein の弟子であるFriedrich Hopff の1828 年の論文「Üer die Häophilie oder die erbliche Anlage zu tötlichen Blutungen」とされています。

血友病が解明されていった歴史

1819年Wald により、血友病の人たちの血液には凝固のしくみが欠けていることが報告されました。その後も、血液凝固のしくみについて盛んに研究が行われましたが、詳細が解明されたのは20世紀になってからです。

1911年、Addisは血友病の人たちのプロトロンビンは正常なものの、そのプロトロンビンがトロンビンになるのが遅れることを発見しました。また、血友病の人たちの血液に正常な血漿からの沈殿物を加えると、血液の凝固を補うことができることも発見しました。

血液凝固のしくみの解明

1937年、Patek & Taylor はこの沈殿物を「Globulin Substance」と呼び、これを静脈注射することにより、血友病の人たちの血液凝固時間が短縮することを示しました。後にこの沈殿物は、抗血友病因子(antihemophilic factor: AHF)と呼ばれるようになります。

1924年、Feissly はある血友病の人の血液を別の血友病の人に輸血すると、血液凝固時間が改善することに気がつきました。また1944年、ブエノスアイレスのPavlovsky は、血友病の人たちの血液を混合すると血液の凝固が正常になることを発見し、このことから、血友病はひとつの疾患ではないことをはじめてつきとめました。

1952年には、サンフランシスコのAggelerらによって、血友病は2つの疾患であることが報告され、1953年にはCramerらによって、その2つの疾患は血友病Aと血友病Bという名前で呼ばれるようになりました。

そして1962年、血液凝固因子を命名するための国際委員会が開かれ、そこで原因となる血液凝固因子の名前を、血友病Aでは第VIII因子、血友病Bでは第IX因子と呼ぶことが決められました。

20世紀後半になると、免疫や生化学に関する研究が進歩し、得られた血液凝固因子を精製することが可能になります。1982年、Fulcherらはモノクローナル抗体を用いて第VIII因子を高度に純化することに成功しました。第IX因子も1980年頃から同様に精製することが可能になりました。

血友病Aと血友病Bの命名

また、遺伝子の研究も進みます。1982年に、Kurachi ら、Chooらのグループはそれぞれ、第IX因子遺伝子のクローニングに成功します。1984年には、米国のGenentech Inc とGenetics Institute の研究グループにより、それぞれ独自に第VIII因子遺伝子のクローニングを行いました。これらの成果により、第VIII因子、第IX因子遺伝子それぞれの全塩基配列(設計図)が判明し、後の遺伝子組換え製剤の礎となります。

治療法の進歩

最も古い治療法として、アラビア人のスペイン宮廷医師であるAlbucasisの著書の中には、焼灼術についての記載があります。その後1934年、MacFarlane はラッセル蛇毒が血友病の人たちの血液凝固を促進する作用があることを観察し、局所薬として市販化されました。また1936年には卵白の臭化抽出物の有効性が「The Lancet」に、1960年代にはピーナッツ粉末の有効性が「Nature」や「The Lancet」など有名な科学論文雑誌に掲載されるなど、補充療法が確立するまでの間、さまざまな治療法が試みられてきました。

1832年のSchönleinの講義ノートには輸血の有用性について記載がありましたが、実際に血友病の人に対する最初の輸血成功例は1840年、英国の外科医であるSamuel Armstrong Lane によって報告されました。しかしこの当時は、血液型が合わなかったり副作用が高い確率でみられたために、一般に広がることはありませんでした。
ですがその後、1900年にLandsteiner が血液型を発見したことを契機に、輸血の安全性は高まることになります。

20世紀に入ると血液から第VIII因子や第IX因子だけを取り出そうという研究が数多く行われるようになります。1964年、スタンフォード大学のJudith Pool は、血漿を凍結後、低温でゆるやかに融解させた際に生じる沈殿物(クリオプレシピテート)に第VIII因子が多く含まれることを発見し、その後、クリオ製剤として市販化され、血友病治療に画期的な進歩をもたらします。さらに1960年代後半には、凍結乾燥した第VIII因子製剤や第IX因子製剤が使用可能になり、血友病の人たちの重度出血や手術時の止血が可能になりました。

しかし、1982年に米国疾病予防管理センター(CDC)によって、血友病の人たちの中でエイズを発症した症例が報告されます。それを受けて、供血された血液の厳重なスクリーニング検査に加えて、加熱処理や有機溶媒/ 界面活性剤処理、ナノフィルトレーションによるウイルス不活化・除去製剤が開発され、凝固因子製剤の安全性が確立されました。

輸血

凝固因子製剤の輸注

また、遺伝子組換え第VIII因子製剤、第IX因子製剤がそれぞれ、1992年(日本では1993年)と1997年(日本では2009年)に市販され、2010 年代に入ると、半減期が延長された凝固因子製剤が開発され、定期補充療法の普及と一般化の促進がさらに進むようになりました。

インヒビターについては、1941 年Lawrenceによってその存在が推測されます。その後、インヒビターをもつ人たちに対して、バイパス止血療法の有効性が報告され、1996年にはじめて遺伝子組換えのバイパス止血製剤が使用可能となります。

血友病の診断技術と治療法は、20 世紀に入って急激に進歩しました。今後も抗体医療、遺伝子治療、細胞治療など、新たな治療薬の登場が期待されています。

ヘモフィリア クロニクル

2世紀末〜5 世紀ユダヤ教の聖典バビロニア・タルムードが編纂、完成する(現存する最古の「出血しやすい人」に関する記述がある)

1000 年頃アラビア人のスペイン宮廷医師である Albucasis が、自身の著書「Al-Tasrif」で、ささいな怪我で出血して亡くなった男性について述べる

17 世紀初めアウグスブルグの医師 Höchstetter が、出生時に臍出血、その後に鼻血や血便、皮下出血を繰り返す少年について述べる

1803 年フィラデルフィアの医師 John Conrad Otto が、1720年頃の Smith 家系(家系の中で男性だけが出血しやすく、女性を通じてその息子の一部に伝わること)を報告する

1819 年Ward が患者の血液には凝固のしくみが欠けているというはじめての報告を行う

1823 年チューリッヒ大学教授 Johann Lukas Schönlein が、はじめて出血者全般に対して「hemophilia」と呼ぶ

1828 年医学論文ではじめて「hemophilia」という言葉が使用される

1840 年英国の外科医 Samuel Armstrong Lane が、血友病に対する最初の輸血成功例を報告する

1889 年日本ではじめて血友病の疑いがある男の子が報告される

1900 年Landsteiner が血液型を発見する。これにより輸血の安全性が向上する

1902 年日本ではじめて血友病の家系が報告される

1911 年Bullock & Fildes が血友病の遺伝について系統的に分析し、血友病の概念を整理し定着させる
Addis が患者の血液に正常な血液から得られた沈殿物を加えると、血液の凝固を補うことができることを発見する

1936 年卵白の成分(臭化抽出部)が血友病に有効であるという論文が The Lancet に掲載される

1941 年Lawrence が、凝固因子のはたらきを阻害する物質の存在を報告する

1942 年はじめて定期補充療法についての報告が行われる

1944 年ブエノスアイレスの Pavlovsky が、患者間の血液を混合すると、血液の凝固を補うこと、つまり血友病は1種類だけではないことを報告する

1947 年Craddock & Lawrence が、凝固因子のはたらきを阻害する物質がインヒビターであると推測する

1953 年2種類の血友病がそれぞれ、血友病 A、血友病 B と呼ばれるようになる

1960 年代奈良県立医科大学小児科の吉田邦男教授が、日本ではじめて血友病 B を報告する

1960 年ピーナッツ粉末が血友病に有効であるという論文が Nature や The Lancet に掲載される

1962 年不足している血液凝固因子が、血友病 A では第 VIII 因子、血友病 B では第 IX 因子と呼ぶことが決められる

1963 年WFH(世界血友病連盟)が発足する

1964 年スタンフォード大学の Judith Pool が、ある条件で血漿から生じた沈殿物(クリオプレシピテート)に第 VIII 因子が多く含まれることを発見する
その後クリオ製剤として市販化される(日本では1970 年)

1969 年血友病の医療費の一部公費負担制度が始まる

1960 年代後半凍結乾燥した第 VIII 因子製剤や第 IX 因子製剤が使用可能になり、血友病患者の重度出血や手術時の止血が可能になる

1974 年Cashらが、合成バソプレシンであるデスモプレシンが第 VIII 因子や vWF を増加させる作用があることを発見する
小児慢性特定疾患治療研究事業が開始される(小児の医療費が全額公費負担になる)

1976 年Elsinger がインヒビターのある血友病患者に対する、より効果的な治療を開発する

1982 年Fulcherらが、モノクローナル抗体を用いて第 VIII 因子を高度に純化することに成功する
Kurachiら、Chooらのグループが、第 IX 因子の遺伝子のクローニングに成功する
米国疾病予防管理センター(CDC)によって、血友病患者における初のエイズ患者が報告され、それを受けて製剤の厳重な安全管理が行われる

1983 年日本において在宅注射(家庭療法)が保険適用となる

1984 年米国の Genentech Inc と Genetics Institute の研究グループにより、第 VIII 因子の遺伝子のクローニングが行われる
特定疾病療法制度が開始される(成人も自己負担額が1万円になる)

1990 年頃海外でヒトを対象に遺伝子治療の臨床試験が行われ始める

1992 年はじめての遺伝子組換え第 VIII 因子製剤が市販される(日本では 1993 年)

1996 年はじめての遺伝子組換えバイパス止血製剤が使用可能となる

1997 年はじめての遺伝子組換え第 IX 因子製剤が市販される(日本では 2009 年)

2007 年質の高い臨床試験により、一次定期補充療法が関節障害のリスクを減らすことが確認されたという報告がなされ話題となる

2008 年日本においてヘモフィリア友の会全国ネットワーク(NHNJ)が結成する
日本において C 型肝炎特措法が成立する

2010 年日本において第 1 回全国ヘモフィリアフォーラムが開催される

2014 年日本において半減期延長第 IX 因子製剤が販売される
日本において新たな血漿由来バイパス止血製剤が開発される

2015 年日本において半減期延長第 VIII 因子製剤が販売される

HG-JPN-0650

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