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インヒビター 【監修】医療法人財団 荻窪病院 血液凝固科 部長鈴木 隆史 先生
インヒビター: 招かれざる客
インヒビターの正体は、体を異物から守る「抗体」
人間の体には、体内に入ってきたウイルスなどの異物から体を守るための「免疫」というしくみが備わっています。免疫のはたらきの1つとして、異物に対して「抗体」と呼ばれる物質を作って異物にくっつき、異物の活性(はたらき)を失わせる反応を起こします。ウイルスなど体に悪さをするものに対して免疫がはたらき、抗体ができるのは望ましいことですが、厄介なことに、体にとって必要なものに対しても抗体ができてしまうことがあります。実際に血友病の人たちが補充療法で体内に入れている凝固因子に対して、この抗体ができることがあり、これを「インヒビター」と呼びます。もともと血友病の人たちの体内には、血液凝固第VIII因子または第IX因子が不足しているので、補充療法でその凝固因子を体内に入れると、体がそれを本来体内に存在しない異物と認識してしまうことがあるためです。
インヒビターがあるかどうかはベセスダ法で検査する
インヒビターができてしまうと、凝固因子を補充してもその効果が失われ、出血が止まりにくくなります。インヒビターがあるかどうかは、ベセスダ法と呼ばれる血液検査で調べることができ、インヒビターの量・強さ(力価とも言います)を表すベセスダ単位(BU)*が用いられます。通常0.6 BU/mL を超えた場合、インヒビター陽性と判断されます。
*1 BU/mLは凝固因子活性を半分(1/2)にしてしまう力価。量が1増えるたびに、凝固因子活性は1/2に減る。
インヒビターのできやすさ・できる力価は人それぞれ
インヒビターのできやすさは人によって違います。家族や親戚にインヒビターができた人がいる場合や、凝固因子活性が1%未満の重症の人に、また血友病Bよりも血友病Aの人にできやすいと言われています。確率でいうと、過去に凝固因子製剤による治療をしたことがない人で、重症の血友病Aでは21〜32%、重症の血友病Bでは9%の人にインヒビターができると言われています1)。また、できるインヒビターの力価も人によって異なります。5 BU/mL 以上と多くインヒビターができてしまう人を「ハイレスポンダー」、インヒビターができても5 BU/mL 未満と少ない人を「ローレスポンダー」といいます。
インヒビターができたら「中和療法」か「バイパス療法」
インヒビターができた場合、これまでと同じ補充療法では止血効果が得られないため、他の治療法が行われます。この治療法には「中和療法」と「バイパス療法」の2つがありますが、「ハイレスポンダー」か「ローレスポンダー」か、そして現在のインヒビター力価によって、治療法を変える必要があります。
「中和療法」はこれまで使っていた凝固因子製剤の量を増やす方法で、主にローレスポンダーや現在のインヒビター力価が低い場合に行われる治療法です。止血に必要なこれまでの量に加えて、インヒビターで失われてしまう量を合わせて投与します。
「バイパス療法」は、第VIII因子や第IX因子を使わずに、第VIIa因子など、別の凝固因子を使って止血する方法です。主に、ハイレスポンダーや現在のインヒビター力価が高い場合に使われる治療法です。
インヒビターをなくす治療:免疫寛容導入(ITI)療法
免疫寛容導入(ITI)療法とは
インヒビターができてしまうのは、免疫というしくみが凝固因子製剤をもともと自分の体にない「異物」として認識してしまうことが原因でした。しかし、インヒビターをなくす治療法があります。それは「免疫寛容導入(ITI)療法」と呼ばれ、免疫に凝固因子製剤を「異物」ではない、もともと自分の体の中にあるものだ、と思わせる治療法です。簡単に言えば「体に凝固因子製剤を慣れさせる、体にその因子を、もともとあるものだと覚えこませる治療法」です。
ITI 療法を成功させる3つのポイント
ITI療法について調べた国際研究では、ITI 療法を成功させる方法には3 つのポイントがあることが分かってきました。そのポイントとは、「① ITI 療法前のインヒビター力価の最高値が低いこと」、「② ITI 療法開始直前のインヒビター力価が低いこと」、そして「③インヒビターが検出されてからITI 療法を始めるまでの期間が短いこと」です。そのためインヒビターが検出されたら、ITI 療法を開始するまではなるべくインヒビター力価を増加させない製剤を使うことが大切になります。なぜならインヒビター力価を増加させてしまうと、ITI 療法前のインヒビターの最高値が高くなってしまいますし、ITI療法開始直前までにインヒビター力価を下げるのに時間がかかってしまうからです。
しかし近年、インヒビターが検出された後には力価にかかわらず速やかにITI療法を開始することで成功率に違いがなかったという報告がされました2)。今後、国内外のインヒビター治療のガイドラインにも影響を与えるかもしれません。
ITI療法の成功率は、血友病Aで60〜80%と言われています3)。血友病BはITI療法を行うとアレルギー症やネフローゼ症候群といった副作用が起きる問題があるので、成功率は低めになっています。成功までの期間は人によって異なり、比較的短い期間でインヒビターをなくすことができる人もいる一方、長期間継続してもインヒビターが少なくならない人もいます。しかし、ITI療法でインヒビターをなくすことができれば、通常の補充療法で止血管理ができ、治療が簡単になります。成人になってはじめてインヒビターができてしまうことはまれですが、製剤の止血効果が落ちてきたと感じたら、低い確率ではありますがインヒビターができている可能性もありますので、すぐに医師に相談することが重要です。
現在、インヒビターがあっても止血が可能な製剤など、新たな薬剤の開発が進んでいます。近い将来、インヒビターの心配をほとんどしなくて済む日が来るかもしれません。
1) 日本血栓止血学会: インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2013 年改訂版.
2) Nakar C et al.: Haemophilia. 2015; 21(3): 365-373.
3) 白幡聡, 福武勝幸 編: みんなに役立つ血友病の基礎と臨床 改定3 版. 医薬ジャーナル社, 2016.
MAT-JP-2104126-1.0-04/2021